N2 + C3H8 雰囲気の焼入炉の炉内雰囲気ガスを管理する
具体的な事例
処理設備・条件
連続焼入炉(マッフルタイプ・油冷)
炉温 840℃
雰囲気ガス N2 + C3H8添加
炉内と製品の状態
製品は多少脱炭しているかもしれないが,問題の無い範囲。
光輝焼入れはできている。
炉内に若干の煤が付着している(多少,スーティングしている)。
雰囲気ガスを赤外線分析計で分析したところ,CO,CO2,CH4は全て0%(検出限界以下)だった。
製品を出荷するお客様からのご要求
炉内雰囲気のをどのように管理しているかをデータで示して欲しい。
この場合の雰囲気管理の考え方
液体窒素から炉内に供給しているN2の露点は、一般的に-60〜-30℃と考えられます。
液体窒素をタンクローリーからストレージに充填する際に、空気をストレージの中に極力入れないことと、液体窒素中に若干存在する氷(H2O)をストレーナを使って除去すること、N2の供給配管を全て電解研磨したものが溶接、または継手をVCRにして接続されている条件で、-80℃以下の露点のN2がはじめて安定して供給できます。
炉内の雰囲気ガスの露点を-70℃以下に下げること非常に困難です。
炉内に添加しているプロパン(C3H8)は、炉内で完全に分解しています(赤外線分析計での分析値から明らか)。
C3H8 → 3C + 4H2
の反応が生じています。つまり,炉内に添加したプロパン(C3H8)は全て分解し,C(つまり煤)と添加したプロパンの4倍の体積のH2になっています。
N2は炉内にH2Oを持ち込みますが、この量は炉内雰囲気の露点を鏡面冷却式露点計を使って計測するしかありません。
ここで,炉内の雰囲気ガスの圧力が大気圧と同じ1atm(=101.3kPa)である場合で、計測された露点が-23℃であった場合、雰囲気ガスの水蒸気の分圧(PH2O)は0.095vol%になります(SONNTAGの式から計算)。
ここで仮にプロパン(C3H8)が分解した結果、炉内の水素分圧(PH2)が0.4%だったと考えます(本当は計器により計測した方が良いのですが、ここでは実際の炉に添加しているプロパン(C3H8)の流量から,それが全て分解したと考え,0.4%と考えます)。
以上の条件で、840℃における炉内雰囲気のH2分圧とH2O分圧から,この条件での酸化物の標準生成自由エネルギーを求め、そこから炉内の酸素分圧を計算で求めると、PO2=5.193E-20atmとなります。
これに対し、2Fe + O2 = 2FeO の反応における840℃における平衡酸素分圧を求めると、PO2'=4.801E-19atmとなります。
以上のことから、PO2 < PO2' であることが分かるので、この条件の炉内雰囲気の中ではFeは酸化しないこと(Fe表面のOはFeから乖離する)、つまり光輝焼入ができる条件であることが分かります。
一方,2C + O2 =2CO の反応の840℃における平衡酸素分圧は PO2''= 1.772E-20atm となります。
つまり,PO2 > PO2'' になります。そのため,鋼の最表面のCはこの雰囲気ガス中にCOとしてわずかに逃げてしまうこと,すなわち,わずかに脱炭するということになります。
この条件をエリンガム図にプロットするとより理解がしやすいです。
ここで、炉内のCは、一部が炉内でスーティングするほか、炉の入り口付近や炉内に存在する微量のO2と反応してCOまたはCO2になると考えられますが、COとCO2のほとんどは炉の外に排出されているはずで、Feに対して特に影響を及ぼさないと考えられます。
この雰囲気においては,N2+C3H8としていますが,C3H8に代えて,H2を導入した方が良いでしょう。
H2を雰囲気全体の約3%(H2の爆発限界を考慮して,4%以下とする)になる量を添加することで,840℃において鋼を脱炭も酸化もさせない雰囲気になります。
可能であれば,N2の露点を下げるため,液体窒素に混入している(H2Oの固体としての)氷を十分に除去したいところです(これがトラブルの原因でになることがあるため)。
この条件の雰囲気中に浸炭させるための要素が存在しない(鋼の表面にCが存在しない)ので、雰囲気の露点が高ければ脱炭します。浸炭することはなく、もちろん、カーボンポテンシャルの計算はできません。
このような雰囲気の炉(炉の特徴として炉内の容積が小さい、開口部が小さい、炉長が比較的長いという金属マッフルの炉)がごくまれに存在します(例えば,ワイヤーパテンティング工程での加熱炉など)。どの炉でも処理に問題が生じているケースは少ないようですが,時々問題が発生し,その原因がつかめないようです。
その場合,炉内雰囲気の露点計測をすることで問題解決の糸口を掴むことができる場合があります。
この場合に必要な計測器は?
このような場合の雰囲気の管理には少なくとも露点計(鏡面冷却式露点計またはTDLAS露点水分計)は必要と言えるでしょう。炉内雰囲気の露点が-30℃以下まで下がれば,概ね酸化も脱炭もしない雰囲気になります。
炉内の水素分圧は,推測することは可能ですが,計測ができた方がよりよいと考えられます。その場合はH2分析計(熱伝導分析計,またはプロトン伝導型固体電解質による水素センサを使ったガスサンプル式のもの)があると良いでしょう。熱伝導分析計の場合,分析速度が若干遅いことと,分析の際に干渉成分がある場合に分析精度に影響しますが,このケースでは利用可能と判断して良いでしょう。
その上で,雰囲気ガスの管理にエリンガム図や酸化物の標準生成自由エネルギーという視点を持ち込むことが重要です。
参考文献 日本金属学会編:講座・現代の金属学 精錬編4「冶金物理化学」
台車式露点計測システムのカタログ(PDFファイル)
60台以上の販売実績を誇る台車式露点計則システムです。
露点計測範囲により,通常タイプ(-40℃〜25℃)と低露点タイプ(-65℃〜25℃)(いずれも周囲温度が+25℃の場合)の2種類をラインナップしています。
いずれも,お客様のご希望,測定条件などによりカスタマイズすることが可能です。
