〜固定概念にとらわれることなく,
熱技術を中心とした分野でお客様を支え続けてゆく〜
新和実業の技術の原点 戦後,日本の産業はGHQ からの規制を受け足を止めていたが,徐々にそれが緩和されると日本の産業は復興の道を歩み始めていった。それと同時に海外から技術が移転されるようになり,生産技術,材料技術が飛躍的に向上していった。昭和22 年には乗用車の生産が認可され,現在に続く自動車産業大国の幕開けとなった。 新和実業(株)(以降,新和実業)の創業者となる故橋本幸夫氏は,この頃,海外から移転された技術を積極的に取り入れ,大手自動車メーカーを皮切りに各社に連続ガス浸炭炉などの立ち上げに携わっていった。また,雰囲気の分析,検証方法を積極的に進め,雰囲気ガス中の炭素濃度の検証をするためのCP(Carbon Potential)コイルを当時の現場の技術者と一緒になって開発するなど,現在でも使われる技術も築いていった。 日本の産業が軌道に乗り,高度成長期を迎えると公害問題が表面化していった。四日市などで状況を目の当たりにした故橋本幸夫氏は,これに対して手を打たなければならないと考え,新和実業を設立して,環境事業を始めた。しかし,新たな分野への事業進出の結果は芳しくなく,苦悩する日々が続いた。その姿が以前に故橋本幸夫氏が設備を納めたいくつかのメーカーの担当者の目にとまり,その方からの強い依頼で,再び工業炉の仕事を始めることになった。 橋本代表は先代から聞いたこの頃のことを次のように語った。 「工業炉以外の仕事を始めようとしたのですが,時代を先取りし過ぎていたところもあり,結果には結びつきませんでした。そこに以前お世話になっていたお客様から,先代が中心になって設計した設備の修理や改造を依頼されました。そのことが工業炉の世界に戻ってくるきっかけとなりました」 その後,雰囲気熱処理炉を原点に様々な炉を製作し,お客様の期待に応えていった。 技術の遺産 「我が社には先代社長の『目の前の技術の原点は何であったかということを大事にしなさい』という教えが今でも息づいています。新しい技術を開発する時でも,原点となる技術を理解していれば,改善にはどのようなアプローチができるかを考えられます。そのため,我が社には古い文献,教科書,手書きの計算書などが大切に残してあります。最近は当たり前の計算を手計算でやらなくなっている傾向ですが,それをあえてすることで技術の本質が理解できると思います。本当に困った時には結局,最後はそこにたどり着くのですから」と橋本代表はいう。 学生時代は名古屋工業大学の宮崎亨名誉教授(元日本金属学会会長)の門下として合金の相変態を専門とし,現在,金属部門と総合技術監理部門の技術士の資格を持つ橋本代表は公益社団法人日本技術士会や名古屋工業大学ごきそ技術士会等での活動を通じて,戦後の産業発展に寄与し活躍していた技術者たちとの縦,横のつながりを築いてきた。 「技術士となって,いろいろな出会いがありました。例えば,浸炭炉に入れるジルコニアO2センサの開発者の方と出会い,開発当時の苦労した話しを聞いたり,実際に使用するに当たっての疑問点を尋ねたりしています。みなさんご高齢ですが,お元気なので,気になることがあれば,遠慮なく聞くようにしています」 様々な人とのつながりを強めていく中,橋本代表は先代社長から聞いた話しや知り合った技術者からの技術の成り立ちをまとめることを考えていった。 「戦後の海外からの技術移転とその立ち上げ時を知っている技術者と出会い,その人々が築いてきた技術を調査・研究することが必要であると感じました。鉄道分野以外はあまり戦後の技術移転史についての調査・研究がなかったことから,先代社長をはじめ,多くの方から聞いた話をまとめようと考えました」 橋本代表は会員である中部産業遺産研究会や日本機械学会の技術と社会部門のシンポジウムや講演会 などを通じて,機械,自動車,鉄道,鉄鋼等の技術移転史研究の内容を発信している。 メンテナンスのノウハウ 大手自動車メーカーの主力工場のすぐ近くに位置する新和実業には,多くお客様からメンテナンスの依頼が寄せられる。 「頻繁に新設をできるのは大手メーカーだけで,それ以外のメーカーはコストカットが厳しいのが現状であり,古い炉を使わざるを得ないのです。既存の炉を如何にメンテナンスしていくか,如何に用途に応じて改造していくかが求められます。もちろん自社設備以外にも対応しなくてはなりません」 とメンテナンスの実情を橋本代表はいう。 新和実業へのメンテナンスの信頼性は高く,現場や生産技術から困ったことがあれば,橋本代表に連絡が入る。それは例えば,『焼入槽の水分量が多いけれど冷却水が漏れているのではないか』,『炉のファンの羽根が破損したので直しにきてくれ』,『炉内雰囲気制御に異常が無いかどうかを調べて欲しい』などの相談事から高い技術を要するものまで要求は幅広い。新和実業はそれを一つひとつ対応し,お客様に解決策を提案していく。 「これまでの経験と実績が基本にありますので,要求に対して,何をしていくか,どんな解決策があるかなど,お客様に提案する力は備わっていると思います。また,メンテナンスをやっていかないとノウハウが身に付かないこともあります。また,それを積み重ねていければ,新設をする時にそれが生かされていくと考えています」 新和実業が目指しているのは,新設とメンテナンスのベストミックスである。 炉内雰囲気分析・制御の専門家 新和実業はガス分析を推進している。一般的には浸炭炉の炉内の状態をジルコニアO2センサでみているが,炉内の雰囲気を赤外線ガス分析計で確認していくということである。新和実業は雰囲気ガス熱処理炉の雰囲気制御を行うシステムと赤外線ガス分析計を提供するともに,雰囲気のデータからのカーボンポテンシャル(CP 値)を演算する専用のソフトウエア『CpCalc』を用意し,これを無償で提供している。 「お客様からの『ジルコニアO2センサで炉内の雰囲気の制御をしているが,その精度確認をする方法が欲しい』という声に対し,誰が行っても同じ結果を出せる方法ないかと考えました。その結果,赤外線CO/CO2分析計からのデータを利用してジルコニアO2センサの精度を確認するプログラムを開発しました。これも昭和20年代に日本に入ってきた技術が基本になっています。ですから,やはり技術の原点にたどり着くということです。」 と開発の経緯を橋本代表は語った。 また,新和実業は金属熱処理設備における炉内雰囲気管理に鏡面冷却式露点計を使った露点計測システムの提案を進めている。 「以前の熱処理では露点カップが露点計測に多く使われていたのですが,1996 年に四塩化炭素の入手ができなくなってから徐々に使われなくなりました。しかし,我が社では炉内雰囲気管理において露点計測が基本であると考え,誰でも露点を簡単に測ることができる露点計測システムを開発しました。これにより特に窒化系の熱処理や焼結における雰囲気管理,熱処理条件出しが容易となり,生産現場から我が社の露点計測システムが支持されるようになりました」 この露点計測システムはオールインワン構造で鏡面冷却式露点計本体,フィルタ,ポンプ,流量計,記録計がキャスター付きのボックスに納められており,移動が可能なため,1 台で複数の設備の露点計測を容易に実現できる仕様となっている。 「疑問のある点はネットワークを活用して,勉強してきました。計測することは非常に難しく,とても奥が深いと思います。産総研の先生からは『アンモニアが入った窒化炉で露点計を使う物好きな人はあなたしかいませんよ』とも言われましたが,特に窒化炉の雰囲気の露点を,露点計を使って計測するという面倒な分野に切り込んでいくのは新和実業くらいかもしれません」(注:NH3の蒸気圧が水の蒸気圧よりも高いことにより従来の鏡面冷却式露点計露点計などでの水分計測は正確にできなかったが,今後,TDLAS式露点水分計を活用しアンモニアを含むガスの露点計測に取り組む)と露点計測への考えを橋本代表は語った。 開発から25 年を経て,新和実業の露点計測システムは徐々に認知されるようになり,製作台数は2022年末までに60基を数えるまでになった。そして今,これまで困難であったアンモニアガス中の水蒸気量を露点として計測することに目処を付け,目の前に迫るアンモニアを大量に活用する時代に備えようとしている。 「今では,これまでの実績を多くのお客様から評価していただいております。露点計を要望された時は現場にデモ機を持ち込み,コンサルティングをしながら,お客様に最適な仕様を決めてから製作にかかります」 デモ機はお客様のトラブル対応にも活用されている。雰囲気がおかしいと連絡があれば橋本代表はデモ機を車に積み込み駆けつける。 自前で分析計や露点計を持って対応にあたっていくこと,そしてエリンガム図などを活用した雰囲気中での金属の酸化・還元を露点のデータと結びつけて考えられるなどのことが新和実業の最大の強みであろう。 ニッチな世界のオンリーワン 新和実業の炉はこれまで自動車関係の熱処理に多く使用されてきたが,最近ではその分野が広がりつつある。その実例の一つが電熱式小型流動層炉である。これは従来,ばねの熱処理を目的にしていたが,橋本代表は温度制御を精密にすれば新たな用途が生まれると考え,500 ℃の設定温度で温度分布の±5℃以内の特殊仕様品を開発した。 それをホームページに掲載したところ,形状記憶合金の熱処理炉を探していた医療機器メーカーの目に留り,採用されることとなった。これは橋本代表がかつて,名古屋工業大学の宮崎亨名誉教授に指導して頂いたときの合金の相変態についての知識と経験が大いに活かされている。 「医療機器関係の分野でも少ないながらも熱処理に対する需要があり,例えばNi-Ti 形状合金の形状を記憶するためには炉が必要となります。ところが従来はソルトバスを使った炉を選択するしかありませんでした。そこで炉を使う際の安全性の問題やメンテナンス性,環境影響などを鑑み,我々の技術が貢献できると考えました。今後は我々が持っているシーズを生かすことができるニーズを開拓して,様々な炉を作っていきたいです。また,様々な分析や計測や制御のノウハウを活用し,色々な人のネットワークを使えば,我々の能力を発揮した製品を市場に提供できると思います。そのためにはシーズを如何にニーズとマッチングしていくかが,今後の仮題です」 と橋本代表は語った。 新和実業ではニーズを見つけるための手段の一つとして,ホームページでの情報発信を積極的に行っている。他社には見られない製品を掲載すると高い反応が得られるという。 「変わったことをやっている会社だと知られたらいいかな,という気持でやっています。ニッチな世界でオンリーワンである会社になりたいです。」 と橋本代表はいう。 新和実業はこれまで培ってきた技術をこれからも大切に扱い,それを基本にこれまでにない新しい技術を市場に提供していくものと期待される。 |
初出:「工業加熱」 第52巻第4号(通巻310号),p55-p57,一般社団法人日本工業炉協会(2015). |